還暦チーム立ち上げた当初は野球未経験者6名からのスタートでしたが、日を追うごとにメンバーは増えて、やっと、試合が出来るまでなったものの、依然として高校、大学での野球経験者は居ない期間が続いたのでした。その年の12月に千葉県還暦野球連盟の総会が千葉市で開催されるとの事で、加盟を前提に銚子スポーツタウンの小倉社長と共に出席したところ、総会で挨拶までする羽目になり、大いに意気込みを語ったものでした。総会には銚子商の先輩や後輩、プロ関係の人まで居て、大歓迎を受けた二人は意気揚々と帰宅したのでした。しかし、翌日のミーティングでメンバーから、銚子から試合会場となる千葉市、市原市、船橋市などの都市部までは車で片道約2時間の道のりであること。そうなんです。「日本一初日の出が早く見られる銚子」で知られているように、銚子市は千葉県の最東端に位置していて、私を訪ねてくる知人は“銚子は遠いですね”と良く言います。私は“銚子はアメリカに一番近く、市民の半部以上は英語を話すんですよ”と、悔し紛れにやり返すのです。そして、何よりも、現在のチーム力では全く試合にならない事に気が付いたのでした。これまで、近隣の還暦チームと練習試合をしてもらっても、ほとんどがコールド負けが現実なのです。そして、加盟を断念すると決定したのでした。
ようやくチームらしき形が出来上がると、今度はチーム名を決めなくてはなりません。メンバー各自が思い思いのチーム名2つを出し合い、一番多い名前をチーム名にすることにしました。開票すると何と、「木樽ドリームズ」が一番多かったのでした。チーム名に個人の名前が付くことはほとんど聞いたことはなく、気恥ずかしさも有って猛烈に反対したものの“多勢に無勢”で押し切られ決定したのでした。
今度はユニホームの作成です。野球は他のスポーツと違って装備、服装一式に手間が掛かり、特に、ユニホーム一式となると多くの装備が必要になります。ユニホームのデザインは小倉球団代表兼選手、マネージャーが幾つか選定し、決定したのは上着の胸はピンクでドリームズ(夢)をイメージし、背は紺で太平洋をイメージしたものです。しかし、そこからが大変でした。装備を初めて着けるメンバーも多く、経験者が着付け指導をしている最中に、帽子、ユニホーム、アンダーシャツのサイズが合わないと言えば“体を合わせろ”とかで、大
騒ぎのうちに、「木樽ドリームズ丸」は何とか出航に漕ぎつけたのでした。 3 銚子スポーツタウン 還暦野球 チーム名決定 20260531