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【第10回】銚子スポーツタウンコラム 私と甲子園(その4)

第45回甲子園大会は「右肩骨頭複雑骨折」を負って出場し、夢の甲子園の一回戦は福岡代表の柳川商の初打席です。6番1塁手の私は初球を夢中で振った打球はセンター前のヒット。一気に緊張がほぐれた事を覚えています。不思議なことにあれだけ痛んでいた右肩は試合中は緊張感で全く感じなかったのでした。大会の結果はベスト8まで勝ち進んだのでした。

この年は振り返ると波乱の年でもありました。銚子商業の野球部は学校の行事である修学旅行には参加出来ないのです。それは、修学旅行が大会に近い日程からで、野球大会優先からなのです。しかし、甲子園出場した暁には「京都見物」をさせる。これが、学校長から野球部に与えられたご褒美なのです。敗退の失意も忘れ、一躍京都の旅館に到着。全ての緊張感は吹き飛び、久々に「本来の高校生」に戻って食事開始です。大会中に食べられなかった好物の「刺身」に大喜びで賑やかな会食会でした。所が数時間後、あちこちで腹痛を起こす者が続出し、私もその一人となってしまったのです。集団食中毒にかかってしまったのでした。顔ぶれを見ると私を含めて全てがレギュラーで、補欠選手は元気一杯だった事を思うと、疲れから抵抗力が落ちての食中毒だったのでしょう。

2日間ほど治療して落ち着いたところ、ふるさと銚子を目指し出発。所が、列車に揺られて症状が再発しまい、近江八幡駅に緊急停車して最寄りの病院に緊急入院する羽目に。まだ、東海道新幹線が開通前年で東海道本線の帰還ですから、この苦しみは言葉には表せないくらいでした。他に、ノックバット、マスコットバット係の私は甲子園に行く寝台列車に置き忘れて、大目玉を食らった事も書き足しておきましょう。この年は私にとってアクシデントの多い年でも有りました。

銚子に帰ってからは利き腕の右肩の治療に専念です。斎藤監督の勧めで東洋医学の漢方薬を使った治療を開始。投げたい思いをじっと我慢して治療に専念し、結局、投球を開始したのは秋になってからでした。次回をお楽しみに。

10 銚子スポーツタウンコラム 私と甲子園(その4)

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